本当に失礼な話ながら、読む前は何だかちょっと胡散臭い感じがしてしまうこの著者の作品。
今回は(過去作は例によってまるで覚えていないので不明)、大変に興味深い話ばかりで、数が多くなり過ぎるため相当に絞り込んで感想を書かざるを得ない程。
やはり怪談本は読んでみなければ判らない。
「ゼロの顔」深夜の公園のトイレで、というシチュエーションはありきたり、と言える程ポピュラーなものだけれど、そこで見た顔、というのが凄い。リアルな顔の断面とは全く違うようだし、何だか得体の知れない怪異、ということなのだろう。
「レアもの」歌手のCDで歌声だけが素人っぽい女性の声に変わる、というのは奇妙な話だ。原理的にもなかなか高度な技、という気がする。こういうレアなCDが古本屋に辿り着いた経緯も気になるところ。
「強制終了」御先祖様も相当に乱暴な諫め方もあったものだ。ホスト通いからは足を洗えても、これはこれで結構な不幸を背負わされてしまっている。横向きに宙を飛ぶなどというのはおよそ例の無い強烈な怪異だ。これ程のもの、是非見てみたい。 とは言え、何かのトリックかと信じられない方が普通だろうな。
「奇縁の家」これは怪異では無くただの偶然、なのだろう。でも、ここまで来ると何かの因縁を感ぜずにはいられない。怪談としては充分成立しているのでは。
ただ、自殺が続く家、というのは実際存在するようだ。何か科学的にも説明できる理由があるのではないだろうか。家に傾斜があるとか微量ながら有害なガスが出ているとか。
「血の家」由来の判らない出血に襲われる、というのは一度位のものなら時折聞くことがある。しかし、それが家族全員継続的に見舞われ続ける、というのは珍しい。
ほんと、この手の血はどこから来るのだろう。そして何故。
「終わった家」著者が訪問するまでの数日間に一体何があったのか、想像するのが怖い、というタイプの噺。しかも、家の中を飛び回る大玉大の首、というのも聞いたことがないレベル。常人なら、と言うか自分ならそんなものに出会したら間違いなく卒倒する。
「言ったのに」何かに憑かれてしまったようではあるものの、その行動は何とも奇天烈。ただ、実害は無かったようだし、彼女に捨てられもせずそれは何より。
「奪い合う」霊が憑いて体の具合が悪くなる、それが離れて体が楽になる、という話なら良くあるけれど、霊が入れ替わった、という例は貴重だ。
体験者の目の前で行われている光景はまるでゾンビ映画のようで思わず笑ってしまう。
まあ無理だったとは思うものの、住み着いていた霊が抜けた瞬間に脱出できていたらと思うと残念。それと、この病院では診察は受けなかったのだろうか。もう二度と中に入る気にはならんか。
「もう一台」大好きな不条理系不思議譚。一体どういうことなのであろうか。
事故については、因果関係も不明だし内容的にも関連している節は何も無い。ただの偶然だろう。
「猫バンバン」これまでにも薄い人、というのは聞いたことがあれど、紙レベルにぺらぺらというのはおよそ知らない。しかも顔も無い、とすれば霊というよりむしろ人形のようなものなのだろうか。
「突然の執行」なかなかシンプルに不条理なネタ。死なずに済んだのは運が良かったのか彼の運転技術によるものか。自分がこんな目に遭ったら、と思うと相当に嫌だ。
「助平寺」これまた何ともシュール。何をどうするとこんな事件が起きるのか、どういう原理によるのか、誰が何のために起こしているのか。
知らない人には全く通じない話ながら、アニメ「この素晴らしい世界に祝福を!」の主人公佐藤和真のスキル「スティール」が使われたのでは、という疑惑も存在する(のか?)。
その場合は一体誰が使ったのか。
「変態地蔵」地蔵まで建ててもらいながら、生前の煩悩そのままにエロい所行に出る爺。まるで自分の将来を見てしまったようで何だか決まりが悪い。しかも流石爺さん、おばさんでも婆さんでも教師でありさえすれば関係なし、というのも潔い。
最後に破壊されてしまうのは、やはり神もしくは仏さまの罰、ということなのだろうか。死してなお報いを受ける、ちょっと痛ましい気すらする。彼に少し感情移入し過ぎか。
「豹変」入った時には家が本来の姿とはまるで違って見える。それはどういうわけなのだろう。誘い込んでいる、とも考えられるけれど、その割りにはただとんでもない光景を見せられただけで何かされたということでも無い。よく判らない。
シンプルな表現ながら、クローゼットの中一杯に詰まっている白いローブの女、というのは想像すると相当に怖い。
「高くついた」罰当たりが高い代償を払うことになる、という話は怪談なのに読んでいてちょっとすっきりする。それでも死を迎えてしまう、というのは穏やかで無いけれど。
どうでもよい話ながら、最近時折「安くついた」という表現を見かけることがあり、実に気持ちが悪い。安い場合は「安くあがる」だ。
「いざないの海」今度は、というのがすぐ後の、しかも全く違うシチュエーションのことだったとは想像も出来なかったろう。しかも一生風呂に入らない、というわけにもいかないだろうし、どれだけ警戒しても水を避け続けることなど到底不可能。狙われた時点で負け確定の何とも哀しい話だ。
「ただいま」何も言わず佇んでいる、という霊が多い中、声が主体の話。その主が自分が原因で自殺した夫のもの、となると生きた心地も出来ないだろう。とても神に祈れた立場では無いけれど。
表題作ともなっている「たまこ」もしくはゆきこの物語は小出しなので常に気になりつつも、予想した通りの展開な上にこれまでに挙げた因果応報譚と比較しても明らかに酷い内容なのに報いはあまりに儚い。著者としてはたまこの純粋さ、清らかさを訴えたかったのだろうからこれで良いのだろうけれど、何だか収まりが付かない。
結構なボリュームを使った割に予想外な部分がほとんど無く、読み物としては印象が弱い。
粒は小さめなのでどかんと来るようなものは無く、読み返してみると感想の書きように若干困るものもあった。しかし、読んでいる最中には次々と現れる不思議な話に、ほうほうと惹き込まれつつ楽しく読めた。
良い読書体験だったのは間違いない。
拝み屋備忘録 ゆきこの化け物posted with ヨメレバ郷内心瞳 竹書房 2020年05月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る